2022年度下期トピックス


3月 「総会&懇親会」

3月22日(水)プラザイースト多目的ホールで、2022年度定期総会と懇親会を開催しました。

来年度の校友会員43名中33名が集まりました。

 

 総会は、活動報告、決算報告、役員改選、23年度活動方針・予算が審議され、何れも全会一致で賛同が得られました。役員の皆さんは継続対応になりますが、23年度も宜しくお願い致します。

 

 続いて、懇親会に入り、担当班の皆さんの準備してくれた飲み物食事、お菓子などで、まずは空腹を満たし、久しぶりの会話を楽しみました。Tさんが用意してくれたBGMが心地よく聞こえました。一通り、会話、食事が落ち着いた2時過ぎに「歌声ひまわり」の皆さんの合唱が始まり、見事な美声で3曲を聞かせてくれました。

 この頃には、メインテーブルに用意したお酒も大分消費が進んでいました。ワインにも手が伸びだしたとき、コルクのオープナーが無い事が判明し、ナイフやら竹串やらでの開栓知恵比べが始まりました、幸い、Kさんの手腕(コルク押し込み)で無事開ける事ができました。

 その後、恒例となりつつあるTEさん主導によるゲーム大会が開始され、新聞じゃんけん、重い箱運び、デイべート大会で盛り上がりました。重い箱運びの登場5人は、軽い箱を本当に重そうに運ぶ

演技が素晴らしかったです。70年以上生きてきた経験の賜物と思えます。「粒あん・こしあん」論争もそれぞれのテーブルで盛り上がり一時を楽しみました。

 

 あっという間に、時は過ぎ、締めの部では、集合写真を撮り、合唱、浦和踊りなど全員参加で体を動かしました。


2月講座 「見沼の民話」

見沼の民話 ・・・ 見沼田んぼHPより


1月講座 「新春Jazzコンサート」

日 時:2023年1月22日(日)14:00~15:30

会 場:プラザイースト映像シアター

出演者:ドラム&ヴォーカル西田恵一氏、ヴォーカル西田ひさ子氏

    ピアノ外谷 東(とや・とう)氏、ベース市川聖子氏

 

 奇しくも新春ジャズコンサートは1月22日(日)「日本のジャズの日」に開催されました。由来はJAZZのJAがJanuary(1月)の先頭2文字で、ZZが22に似ていることのようです。

ドラム&ヴォーカルの西田恵一氏、ピアノの外谷 東(とや・とう)氏、ベースの市川聖子氏が演奏するインストルメントの「A列車で行こう」が始まるや否やプラザイースト映像シアターはブルーノート化となりました。

 

 二曲目からはヴォーカル西田ひさ子氏が登場、ホールの隅々まで響き渡る声で40余名の観客を魅了し、ジャズに付き物の煙草を燻らしたりお酒やコーヒーを飲むことはできませんが、目の前に繰り広げられる一曲一曲ひとつひとつに酔いしれたコンサートとなりました。

 第二部では恵一氏とひさ子氏との息の合ったデュエットオンパレードになり特に「キミの好きなのは トメィトゥ だけれど僕の好きなのはトマートゥ だ」「あなたの発音は アフター だけれど私の発音は アーフター」などが挿入されている「Let’s Call The Whole Thing Off」のかけあい系デュエットは軽妙洒脱でおもしろかったです。

 第二部が終わったところで花束の贈呈となりましたが、「アンコール!アンコール!」と声がかかりアンコール催促の拍手喝采が鳴り止まず、それに応えて「When You Smiling」を演奏していただきました。

 終演後、会場を後にする参加者の晴れやかな表情を拝見し、また多くの方から心温まった、感動した、すごく楽しめた、来て良かったの声が溢れておりました。  

そんな言葉を聞くにつけ、開催のその日まで労を惜しまなかった担当のみなさまたいへんお疲れさまでした。

 出演者の方々には、施設の付属設備で利用したものはグランドピアノのみで車いっぱい分にもなる拡声装置などを持ち込んでいただき申し訳ありませんでした。

 「ジャズコンサート自体行ったことがない」「ジャズはわからない」という人にでも楽しめる曲をラインナップしたジャズを聞きながら手拍子する観客を見ていて、音楽には人を楽しませるチカラがこんなにもあることをあらためて知らされました。そんなチカラを与えていただいた今回の出演者の皆様に最高の一日(時間)をありがとうとお礼を申し上げると共に厚く感謝申し上げます。

                                  寄稿  4班I.O氏


12月講座 「足つぼ健康法」

日時:2022年12月9日(金)10:00~11:30

 会場:コムナーレ浦和10階第15集会室  

 講師:ガンビア友の会 ディレクター 阿野美智子 先生

 

だんだん年齢を重ねていくと誰でも体の何処かに不具合が生じ、一般生活にある程度の支障をきたすことがあります。いわゆる腰が痛い、足が痛い、体が冷える、手が上がらない、口が回らない、すぐ忘れるなど様々です。また、脳も含め胃や腎臓、肝臓、大腸など直接感じることができない臓器の機能低下で疲労や気力低下を感じることもままあります。何しろ足が悪かったり気力がなくなると、お金も必要だが楽しい趣味や買い物、旅行などもできなくなってしまします。これらを改善するため今日は通常の講義と違い実演による説明をもとに「足つぼ健康法」を体験することになりました。

 

講師の阿野美智子先生は、アフリカの最貧国であるガンビアの子どもたちに学費や、古着、日用品などの援助を行う活動をする傍ら、足つぼマッサージをWEBサイトのさいたまの「e公民館」でYoutubeで動画を公開したり、各地で実演紹介活動を行っています。

 

・「足つぼマッサージ」

用意するものは歯ブラシとタオル、お水、それと担当班が用意したクリームです。

※注意 食事後必ず1時間後に行うか、空腹時に行うこと。

 

歯ブラシの柄を手で持って、各部位を押したり、こすったりするのが基本

まず、左の足裏から始めるそうです。28人集まった会員は、一人、二脚の向き合った椅子を使います。それらを数だけ輪になって並べ、各人足を前の椅子にのせてクリームを塗って足裏を押したりこすったりし始めます。足裏のツボを押したり、こすったり先生の指導通り行います。

 

あちこちから痛い!と声が聞こえます。痛いのは胃、腎臓、膀胱、足腰など関連部位が弱っているとのことです。筆者は親指の真裏を押すと痛かったので、関連の脳下垂体が弱っていて記憶力が減衰しているとを気付かされました。皆さん、初めは慣れなくてぎこちないようでしたが、だんだんコツもわかり真剣な顔もだんだん和やかになってきました。

途中休憩を入れて約一時間マッサージを指導のもとに行いましたが、足全体が暖かく軽くなったような気がし、終わってからの皆さんの立ち回りも軽くなり顔色も良くなったように見えました。

 

今日の講義の終了後、各班は忘年会を行うところが多いと思いますが、胃や肝臓も調子良くなって美味しいお酒や食事が期待されます。今日は左足だけでしたが、家に帰って右足もマッサージしてみようと思います。 

詳しくは  さいたまの「e公民館」「毎日簡単!足裏健康法」リンク  を参照

https://www.city.saitama.jp/chuo/001/001/005/002/p077349.html 

 

その他、体に良い「手作り酵素」と「こんにゃくボール」のお話がありました

 

・「手作り酵素」

酵素は消化や吸収、呼吸や代謝など酵素が生命活動のほとんどに関係して必要不可欠なもの。これを手作りしてはいかがでしょう。いちご、みかん、ブルーベリー、梅など旬の果物を使います。日がある春先や秋が良いそうです。

作り方:写真参照

 

・「こんにゃくボール」

熱くしてタオルに包んだこんにゃくボールを、体の部位に当てるとデトックスと血流改善により関連部位が活性化され改善されるそうです。五十肩、膝が痛い、ギックリ腰、脊椎管狭窄症、記憶力向上、白内障を遅らせる、飛蚊症をなくす、様々なものに効果あるそうです。

 

例:もう俺はだめだという高年齢の男性に指導しました。彼は頭や胴体や背中などこんにゃくボールを当てることを頑張って続けたところ、だんだん元気になり俺は20年生きるとまで言われたそうです。頭には百会というツボがあり、これを刺激すると記憶力が良くなるそうです。

 

作り方:写真参照

 

さあ、これから寒くなる冬が到来します。

今日の実技を参考にし体力を上げ、冬を乗り越えましょう。

 

                                投稿 3班  都丸さん


11月講座 「地球創生の歴史から学ぶ災害と地域防災」

日時:2022年11月11日(金)10:00~11:30

 会場:コムナーレ浦和10階第13集会室  講師:防災士、防災アドバイザー  赤坂正明先生

 

講演要旨

 今、世の中は「新型コロナウイルス」と「ロシヤのウクライナ侵攻」に振り回されているが、人類にとって、グローバルな視点に立って考えますともっと切実な重要な問題があります。それは自然災害であります。一般的には地球の温暖化による異常気候として取り扱われており、ご存じのとおりです。まさに人類の存亡につながる人類共通の命題であります。パキスタンでは高潮、洪水等により国土の3分の一が水面下に没し、ヨーロッパでは記録的な高温が続き40%以上の地域が渇水による干ばつの状態にあるという。日本では震度4以上の地震が、日本の至る所で頻発しています。

 本日は、防災士、防災アドバイザーの赤坂正明先生に自然災害の発生メカニズムや防災に関わる問題をわかりやすくご説明いただきます。

 講演内容は広範囲にわたり、講演録は重要な箇所のみに集約させていただきました。

 

1.災害の分類

 災害は大きく「自然災害」と「人工的災害」に分類される。自然災害は法令上では、「暴風、豪雨、豪雪、洪水、高潮、地震、津波、噴火、その他の異常な自然現象により生ずる被害」と定義されている。一方、「人工的災害」は原子力(放射能)、戦争、火災、交通事故等の人為的な要因によって生ずる災害である。

 本日の講演は「自然災害」に関する発生メカニズムと防災に関する諸問題である。

2.自然災害

 自然災害は海水温の上昇に起因し発生する暴風や豪雨による災害や二次的に発生する高潮や干ばつである。自然災害は地球温暖化と直結する世界共通の問題であり、食糧やエネルギー等、人類の存亡に関わる問題をはらんでいる。日本にとっては、地球温暖化の問題よりも切実な問題は地震、津波、高潮、噴火等の地球の活動に絡む問題である。地球は10数枚のプレートに覆われているが、日本列島周辺は4つのプレート(北米プレート、ユーラシヤㇷ゚レ-ト、太平洋プレート、フィリピン海プレート)の上に乗っており、地中のマグマ活動の変動により、プレートの歪みによって起こる地震、津波、噴火が問題を孕んでいる。

3.防災

 地震や津波はいつ、どこで起こるか予測できない。

 緊急性を要するため、多くは自分で守るしかない

  1)備蓄品リスト・持ち出し品リストの定期的確認

  2)ハザードマップの確認 

    ハザードマップは自然災害による被害の軽減や防災対策に使用する目的で被災想定区域や

    避難場所、避難経路など防災施設の位置を表示した地図

  3) 室内の備え、室外の備え:家具の転倒・落下・移動防止

  4) その他事前準備:貯水、停電への備え 

 本日の講演では、これら自然災害から身を守るための防災の予備知識について、多くの事例をお話しいただきました。 

 最期に一言申し添えさせていただきます。11月15日、世界人口が80億人を突破したことを知りました。インドやアフリカでは人口増加が、米国、欧州諸国、日本では人口減少による弊害が起きております。それに加えて海水温の上昇に伴う低地の水没化、高温による砂漠化等が急激に進んでいます。今後、食糧問題、領土問題が世界各地で起こることを懸念する次第です。

                              投稿 2班 井上 勲氏


10月講座 戦国時代最大の事件「本能寺の変」諸説を語る。

戦国時代最大の事件「本能寺の変」諸説を語る。

                                                      日本の凄さを伝える歴史研究家 中鉢 英美

 

 なぜ光秀は信長を討ったのか。

 当時光秀は信長の命で、秀吉が対峙中の毛利元就戦への救援指示を受け坂本城に戻り出陣準備中。いよいよ、天正10年6月2日(1582年)本能寺の変を迎えるわけですが、光秀がなぜ主人である信長を討ったのか、これについては、昔から怨恨説、要はいじめにあったとか、今で言うとちょうどパワハラ説と言っていいかも知れません。信長から嫌がらせを受け、ひどい仕打ちを受けたのでその積もりに積もったうっぷんが爆発した。

これが本能寺の変の原因だと良く言われております。(#諏訪で御折檻)(#饗応役の解任)

明智勢は鬨の声を上げて鉄砲を撃ち込んできた。信長は明智の軍勢と聞いて「是非に及ばず」と一言いったという。

 さて、本能寺の変、天正10年(1582年)6月2日へと、

この直後光秀としては自分に戦いを挑んでくるわけですから仲間を増し戦闘態勢を整えなくてはなりません。当然、細川、藤原建興親子に呼びかけます。また与力大名でありました中川清秀、高山右近、筒井順応にも自分の陣営に加わる様要請しましたが協力を得られず、自軍13,000の兵で、結局は羽柴秀吉の大軍と戦う事になります。これが、有名な山崎の戦ということになります。

秀吉勢は丹羽を合わせて4万、4万対1万3千、結局は光秀ここで負けることになります。

 光秀が足利義昭の指示を受けて信長を討ったんだというような趣きの文書は残っています。

 もう一通これは本能寺の変のあった6月2日その当日です。これは美濃、今の岐阜県大垣

の辺りにいた西尾光教(みつのり)という人に宛てた手紙が残っています。写しですがその中には「父子(信長と信長の息子信忠)悪逆天下之妨討果候」と出てきます。(いろんな信長親子のやり口が天下の妨げであるという事で、自分はそれを討ったんだということを書き残しています。

 本能寺の変、天正10年6月2日のわずか11日後の13日、「俗に三日天下」といわれますが秀吉に討たれていくわけです。

秀吉の天下も1600年石田三成の豊臣勢を討って徳川の時代が始まるわけである。

                              投稿 1班 畑 与志雄氏