2017年度下期トピックス


10月 課外活動「浅草演芸ホール」

 今年の課外活動は従来のバス旅行から趣向を変えて、演芸を楽しむ企画となりました。

10月27日(金)、秋晴れに恵まれ暑さを感じる日になりましたが、浅草演芸ホールでお笑いを楽しみました。41名の参加で、前列左翼を東浦和校が独占しました。11時40分開演で、落語、漫才、演芸、手品と21組の熟練の技を見たり、聞いたり、楽しんだりできました。お弁当を食べ、お酒やお茶を飲み、幹事班が用意してくれたお菓子を頂いている内に、あっという間に4時間が過ぎました。生で見る演芸の素晴らしさを改めて感じさせられました。

印象に残ったのは「家庭で暖かく迎えてくれるのは便座だけ」と言うフレーズと「ぱぴぷぺぽの歌」でした。皆さん、リラックス、リフレッシュしながら過ごせた半日だったと思います。

11月講座「自然災害に学ぶ」【地震について】

地震津波防災官である、田中先生をお招きして地震について学びました。
地球、磁気圏の構造の説明を受け、地球のコアに熱せられたマントルの熱対流により地殻がプレートとして一緒に移動する事を知りました。世界の大地震はこのプレートの境で発生しており、日本は太平洋プレート、フィリピン海プレート、ユーラシア大陸プレートに挟まれ、大規模な地震が発生しやすい環境です。
このプレートのゆがみにより、断層の数も多くなり、断層型地震も日本では多く発生している。
埼玉県内にも大きな活断層があり、さいたま市付近には綾瀬川断層が走っている。

過去にも西埼玉地震など大規模な地震が発生しているとの事です。
地盤により揺れやすさが違うが山間部に比べ、川沿い平野部は揺れやすい。
埼玉県内には113ケ所に地震計が設置され監視されている。
緊急地震速報が出されても慌てず落ち着いて対応することが肝要と再確認しました。

12月講座「江戸文化講座」

12月15日(金)

さいたま市民会館うらわコンサートホールにて12月講座「江戸文化講座&三味線ライブⅡ」を開催しました。今回の講座は14期校友会合同開催で会場は大入り満席となりました。

2年前に引き続き、三浦屋千代里師匠をお迎えしての開催です。今回の師匠は、浦和にふさわしい赤の着物で、三味線流しをしながら我々を迎えてくれました。

 
前半は座学として「江戸文化」、「江戸吉原」について興味深いお話がありました。
クイズ吉原検定も数問ありましたが、流石に出席者の正解率が高かった様です。

会場が盛り上がって来たころから、新内「其小唄夢紫」の解説があり、演奏に移りました。歌詞がスクリーンに映し出され、事前に登場人物や背景の説明を聞いているので、意味が良くわかり唄の世界に引き込まれました。

平井権八は1679年に鈴が森で処刑され、目黒のお寺に葬られましたが、ほどなく吉原を抜け出した小紫が、彼の墓前であと追い自殺をしている。目黒の比翼塚は、このふたりのために建立されたものと言われています。数年前、歴史散策クラブで目黒不動尊前の比翼塚を見学した事を思い出します。

 

休憩をはさみ、後半は「都都逸」「端唄」の数々が披露されました。最後は会場も合唱して盛り上がりました。楽しく、あっという間の2時間でした。


師走の講座であったため、多くの班が忘年会開催予定で、皆さん嬉しそうに散会していきました。

1月講座:「駄洒落とユーモア」

 「笑いを探る」~駄洒落とユーモア~

                      講師:彩の国いきがい大学講師

                      笑い療法士 北沢 正嗣(あやし家 こいつ)

 

始めに司会者から、講師のプロフィールの紹介がある。「笑い療法士」ということで、笑いに関するプロの講師の先生を想像していたが、現役時代は電気技術者(設計)、引退後に「駄洒落とユーモア」を勉強・修得されたということで、大変親近感を感じた。

 

1.「駄洒落とユーモア」の違い

 「駄洒落」は頭で作られ、「ユーモア」は心で生まれる、ということである。また広辞苑による

  と、駄洒落は“つまらないしゃれ”で、ユーモアは“上品なしゃれ”である。ここの違いをしっかり

  と認識することが必要である。 

2.「ユーモア」への意識:日本と欧米の違い

  日本は「ユーモア=笑い・おかしさ」で、「コミュニティー(共同社会・共同体・地域社会)

  の意義は少ない。一方、欧米は「ユーモア≠笑い」(ユーモアは要因で、その結果が笑いで

  ある、ということである)。

  また、欧米のユーモアを認識・理解する上で、次の2点を話された。 

  ①ユーモアは能力である

   ユーモア力で評価すると、営業成績が5(上位)の人は、ユーモア度は4.89であった。

   一方、1(下位)の人は、0.19であった。このことからもユーモアは、コミュニティとの

   関わりの意義・社会的評価等の観点からも、非常に重要であると考える。  

  ②ユーモアはサービスである

   ユーモアは、日々の生活・仕事上でも、その場の空気を和らげたり、望ましい方向に導く効果

   があることを理解した。

   実例として、欧米の航空会社・警察官・大学教授の対応の例を挙げてお話をされた。 

3.「ユーモアとは」(語源は医学用語「homour(ヒューモア・体液)」)である

  ユーモアに関する考え方として、英・文学者アディソンと萩本欽一の話を挙げた。 

 ①アディソン:ユーモアは、「心理」が「良識」を生み、「良識」が「ウイット」を生んだ。

  その「ウイット」は「快活」と結婚して、息子「ユーモア」が生まれた。(単純では無い、

  ということ) 

 ②萩本欽一:ユーモアは、フーつと(『ホッコリ』)周りの空気が軽くなり、顔が崩れる程度の

  笑いで、相手との感覚の共有が必要なんだ。言わないことで伝わる、微妙な部分で成り立つん

  だ。 

  機知にとんだ言葉である。 

4.ユーモアのある笑い(暖かみのある笑い)とは

 1)癒しのユーモア

  ・大阪のホスピス:『日本一短い手紙』(本名)

 2)有名人のユーモア:吉田茂、森・元首相、浅田真央、二出川プロ野球審判員のエピソードを

   挙げた。

 3)新聞読者投稿(朝日新聞・朝日川柳)、子供の願い(氷川神社・絵馬)等 

ややもすると、歳を重ねるにつれて“強情っパリ”、“頑固おやじ”になりがちですが(小生のこと)、このような場合にユーモアを交えた会話が出来れば、何と幸せで楽しい人生を送ることが出来ることかと、痛感した講座であった。                          (村上記)

※1月講座の受講録は2班村上さんより投稿頂きました。有難うございました。

 

2月講座:「フィジー共和国の生活について」

2月9日(金)午後。

フィジー共和国大使館職員の方からフィジーについて色々なお話を伺いました。

南半球、南太平洋の真ん中、日付変更線を跨る総面積四国程の国で、総人口87万人、年間観光客87万人と言う観光立国で、我が13期メンバーでも2人の方が訪問した事あると手を上げました。


観光名所は数える程ですが、海を代表とした自然、美味しいトロピカルフルーツ、フィジーの皆さんの暖かい対応が、お勧めのポイントです。

「笑顔あふれる楽園」の本質は、フィジー人の心と生活スタイルにあるようです。
日本人でも、この自然に触れ、人々に癒される内に、自然と悩みや苦しみから解放されるマジックワールドであり、自分の目と耳と肌で感じて欲しいと熱弁を受けました。

 

物価は日本の半分位なので、語学留学する若者が増えている様です。8万円/週で生活費、教育費が賄えるのはかなりお得です。老後の年金生活者もお金と自由時間をフル活用し両立できる環境で、長期滞在する人が増えているそうです。

 

お話の最後は、手作りのケーキとお茶を頂きました。ブラウンシュガーの甘さとトロピカルフルーツの香りが旅情を誘いました。

この話をきっかけにして、フィジーを旅する人が必ず出るでしょう。

 

3月講座:「3.11東日本大震災復興事業について」

 

3月9日(金)、震災から7年を経過しようとするこの時に、宮城県女川町で実際に復興事業

に携わった、我が東浦和校13期生の岡山さんから、貴重なお話を聞く機会を頂きました。 

 

〇東日本大震災 2011年3月11日(金) 14時46分頃 

 震源地三陸沖130km 深さ約24km 

マグニチュード 9.0(日本国内観測史上最大)震度 6弱  

 最大津波高さ:14.8m  地盤沈下最高で1.0m  

〇<女川町の被害状況> 

  最大津波高   14.8m:港湾空港技術研究所調査 

  人的被害    町人口:10,014名(H23.3.11時点)
          死 者:569名(H25.7.11現在)行方不明者:5名
          死亡認定者:253名(震災行方不明者で死亡届受理された者)           
  住家被害数    総数:4,411棟 

  避難状況    最大25ヶ所 5,720名(H23.3.13時点) 

  二次避難  延べ360名 

<平成30年1月31日現在> 世帯数:3,172世帯 減少傾向にある。

 

〇復興の方針・・・・コンパクトシティを目指している 

 女川町中心地を「へそ」としてとらえ、半径1.5km範囲内に集約し震災からの復興

  や将来のまちづくりにおいて、次世代を担う子供たちの「集い」「学ぶ」場を町の

中心に女川小、中学校として統合することにより地域コミュニティの一体化を図る。

また、住宅地から小学校、中学校への徒歩圏の拡大と中心部に防災拠点を確保する。

※津波避難計画の考え方 避難圏域、避難路整備の2点を原則 

 津波第1波到達時間2100秒(35分)避難開始時間600秒(10分)に設定し

 た。第一時避難場所の高さを海抜20m以上とし、避難可能距離を500mとした。

 

〇復興の推進力・・・復興まちづくりデザイン会議 

「還暦過ぎたら口出すな」の方針のもと、まちづくりデザイン会議を毎月行った。 

 メンバーは町長、委員は東北大学准教授、東京工業大学非常勤講師まちづくりデザインの専門家、都市地域空間計画の専門家です。オブザーバーとしてUR都市機構、町民、関係課、関係組織、コーディネーター等です。町民と共にまちづくりをイメージしながら議論、確認し、有識者の意見を聞き実現に向けて取り組んでいる。

 

〇なぜ復興が遅れたのか・・・いろいろな事がある 

 ・技術者不足・・・調査、設計、施工・・・。 

 ・資材不足 ・・・特に生コン。 

 ・文化的制約・・・事前の史跡調査が無いと着手できない。 

 ・土地区画の確定・・・行方不明者が多く余計に難航。 

 ・交通渋滞・・・掘削、盛土作業用土砂運搬ダンプ10トン車(往復 108/時間)

 

〇復興の手伝い 

・復興が進み観光施設などもできてきている。

 現地を訪れ、自分の目で見て、食べて話して、地元にお金と元気を落とすことで

 大きな手伝いになる。

 

実際の説明資料、図面、ビフォアーアフターの写真などを駆使して、復興の目標、現状、課題

など丁寧に説明を頂き理解が深まりました。

有難うございました。

3月 さいたマーチに参加しました

 3月24日(土)、好天の元、 さいたマーチが開催され、桜が咲き始めた見沼田んぼを巡る南コースを歩きました。

 主催者発表で4053人の参加があったようです。我が13期からは、14人の元気一杯メンバが集まりました。10時過ぎに、東浦和協議会の幟を立てながら新都心、西高、市立病院まで歩き、病院脇のグラウンドで昼食タイムを取りました。ここでは、しらこばと音楽団のサックス四重奏があり、ジャス、歌謡曲の演奏の後、何曲かを生カラオケで歌い青空に大きな声を発散させました。

 13時30分前にグラウンドを後にして、芝川沿いを歩き、大原サッカー場、大宮造幣局を通り出発点に戻り10Kmを完歩しました。今年は、抽選でお米10Kgが当たる企画がありました。残念ながら、我がチームは当選者ゼロでした。15時前に戻った時は、出発時2分咲きだった桜が7分咲きになっていました。

 慰労会を地元浦和に戻り盛大に開催して、三々五々解散しました。皆さんお疲れ様でした。